依然として、コロナウィルスの感染拡大が収まらない昨今において、私たちはこれまでになく「死」というものを意識する機会が多くなったのではないでしょうか。また高齢化社会の次に訪れるのは「多死社会である」と言われているように、今後更に死に直面せざるを得ない「多死別社会」がやってくるのは避けられないことだと言えるでしょう。
特に私たち心理職に関しては、今後更に「死」に関連した危機的な心理状態のクライエントさんと出会うことが多くなるかも知れません。したがって悲嘆やグリーフケアについての理解が一層求められてくるのではないかと感じています。
■人が親しい人や大事なものを喪失した時に体験する複雑な心理的、身体的、社会的反応
■対人関係や当人の生き方に強い影響を与える
■悲嘆は正常な反応であり、ごく当然な人間の感情でもある
■悲嘆は文化によって表現は異なる
高木慶子「喪失体験と悲嘆」(医学書院)より
「死」について考える時、そこには必ず悲嘆(グリーフ)があり、それをケアするグリーフケアが必要になってきます。グリーフとは上記にあるように、大切な存在を喪失した時に体験する様々な反応であり、これらは正常な反応です。悲嘆の反応は下記にあるように、いくつかのプロセスを通るのですが、必ずしもリストにあげたプロセスを誰もが同じように体験するのではなく、また、誰もが順番通りの過程を通るのではなく、悲嘆反応のプロセスは人それぞれによって違います。
ア 感覚鈍麻、ショックを受けて茫然とする
イ 混乱、興奮、パニック状態
ウ 事実を否認する
エ 怒りがこみ上げてくる
オ 起こりえないことを夢想し願う
カ 後悔や自分を責める
キ 喪失した事実に直面し、落ち込む
ク 絶望や深い悲しみ
ケ 喪失した事実を受け入れたり、あきらめる
コ 再出発を期する(遺族の場合は「最適応」)
日本赤十字社「こころのケア指導者養成テキスト」より
先にもあげたように、悲嘆反応は喪失体験をした人に起こる自然な反応であり、その人その人かかる時間の差こそあれ徐々に回復へと向かっていきます。では、なぜ自然に回復していくのに「グリーフケア」が必要なのでしょうか。
続きは、次回「複雑性悲嘆とグリーフケア」で。
