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心理学

複雑性PTSDについて

 最近ニュースやネットでよく目にするようになった「複雑性PTSD」。様々な精神疾患についての認識が広がっていくことは、精神疾患で苦しむ方々への理解にもつながることだと思うので良いのですが、一方で誤った認識が広がっていくことに懸念を抱く専門家の方々も多いのではないでしょうか。PTSDや複雑性PTSDの臨床は、生死に関わるような事件事故に遭遇した(または目撃をした)、人間の尊厳を著しく逸脱されるような環境下に置かれていた、それらと同等の喪失体験があるなど心に負ったとても深い外傷を扱っていくため、このような体験をされた方々と関わっていく支援者は十分な学びと訓練が必要とされている領域です。私自身、数年前から学会に所属してPTSD及び複雑性PTSD臨床に関しての学びを続けているところではありますが、やはり研修を受けるたびにこの臨床の奥深さ、複雑さ、そして難しさを実感させられます。今回は「複雑性PTSD」基礎的な定義について本当にザックリとですが皆さまと共有できればと思います。

複雑性PTSDとは?
複雑性PTSD (complex PTSD:CPTSD)は、アメリカの精神科医 Judith Lewis Hermanによって1992年に提唱された比較的新しい診断概念で、ICD-11における従来のPTSDの症状に「感情制御困難(Affect Dysregulation:AD)」「否定的自己概念(Negative Self-cocept:NSC)」「対人関係障害(Disturbances in Relationship:DR)」の3つのカテゴリー症状が加わります。その3つのカテゴリーの総称は「自己組織下の障害(Disturbances in Self-Organization:DSO)」と名付けられました(Brewin et al,2017)。
※CPTSDと診断されるためには、前提としてPTSDの診断基準を満たしていることになります

引用元:原田誠一:編『複雑性PTSDの臨床』(2021)金剛出版 “複雑性PTSDの概念・診断・治療 飛鳥井望 p.19

このCPTSDが公式な診断として認められるか否かにあたっては様々な議論がなされてきたのですが、これまで発行された米国精神医学会のDSM-Ⅳ(1994年)やDSM-5(2013年)の診断基準として採択されることはありませんでした。
しかし臨床現場において、PTSDの診断基準には含まれていない症状を呈する症例もあったことから非公式診断として事実上CPTSDの診断に使用されてきた流れがあります。このような背景から、2018年に公表されたICD-11においてようやくCPTSDが公式な診断として認められることができました。

●ICD−11:世界保険機構(World Health Organization, WHO)が作成する国際的に統一した基準で定められた死因及び疾病の分類の第11回改訂版
●DSM–5:米国精神医学会が出版している、精神疾患の診断基準・診断分類の第5版

ICD-11におけるCPTSDは、「極度に脅威的ないしは恐怖となる性質の出来事で、もっとも多くは、逃れることが困難ないしは不可能で長期間あるいは繰り返された出来事に暴露した後に生じる障害で、その特徴としては、PTSDの診断項目を全て満たすとともに、感情、自己、対人関係機能に持続的で広汎な障害が見られ、それらには感情制御、自己に関する卑小感、敗北感、無価値観といった信念、対人関係を保ち、他者に親密感を持つことの困難が含まれる」(筆者私訳)(World Health Organization,2018)と定義されている。

引用元:原田誠一:編『複雑性PTSDの臨床』(2021)金剛出版 “複雑性PTSDの概念・診断・治療 飛鳥井望 P.20

このように複雑性PTSD(CPTSD)は定義づけされていますが、定義だけでは中々イメージしづらいかもしれません。具体的には、幼少期から長期に渡り繰り返し身体的、心理的、性的な虐待を受けていた、DVが日常的な環境で過ごしてきた、長期的にいじめに遭っていたなどといったケースでCPTSDの症状が多くみられたということが研究結果から分かっています。また、日常的ではないケースだと戦争捕虜、難民などにもCPTSDの症状が多くみられたそうです。

冒頭にも述べましたが、複雑性PTSD(CPTSD)は、長期的に過酷な環境に暴露されたことにより、心に深い傷を負った状態のことです。場合によっては、日常生活に支障をきたすこともあります。ストレスに対する耐久性は個人差があるため一概には判断できませんが、外傷となる出来事に対するストレス反応が、自然に回復できる範囲のものなのか、それを超える疾患レベルのものなのかを診断する側は注意してアセスメントする必要があると思います。複雑性PTSDと言う疾患名だけが一人歩きし、個人の都合によって使われるようにはなって欲しくないなと、最近のメディアを見ていて感じています。

♦︎トラウマやストレスについての関連機関
一般社団法人日本トラウマティック・ストレス学会